ホーム

客員研究員との対談その3 <後編>何気ない日常がシアワセ

アーティスト
村上 慧(むらかみ さとし)

東京都育ち。2011年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。国内外で、グループ展に参加、アートプロジェクトを展開する日本の美術家。発泡スチロール製の家に住み、家をせおい全国各地を歩いている。福音館書店の月刊絵本『たくさんのふしぎ』の1冊として、2016年3月号「家をせおって歩く」が刊行された。第19回岡本太郎現代芸術賞(TARO賞) 入選。
http://satoshimurakami.net/

所長きむら
お待たせしました、村上 慧さんのお話の後編です。「家に住むのではなく「まち」に住む〈前編〉」では、村上さんが家をせおって移動しながら住むことになった経緯や、根底にある想いについて伺ってきました。
所員くどう
後編では、村上さんが1番最初に作られた家がある長野・松本に研究所員一同おじゃますることに!自作の家に住むことで感じていることや、気になるお金のこと、そして村上さんにとってのシアワセとは何か。その後のプロジェクトについても聞いてみたいと思います。
所員よしだ
今日は、実際に村上さんの家を間近で見られる機会なので、楽しみにしていました。よろしくお願いします。
村上 慧さん
はい、よろしくお願いします。

研究所員一同、家をせおって松本のまちを歩いてみると...?

きむら

今日は、村上さんが家をせおって歩くきっかけになった、最初の家についていろいろと伺いたいです。

村上さん

ここには、最初に作った家があります。実は高松で作った家なんです。東京に持って行って、そこから生活が変わりました。人生の全てを、この家を通じてシフトするような感じがありましたね。ただ単に住まいを変えて引っ越すのではなく、生き方そのものが変わる経験をしました。何かに追い立てられるようにして、それまでの生活から一変させたというか。当時抱いていた感覚が今もあるのですが、自分でやらなきゃという使命感を感じています。

くどう

家の中に入ると、見える景色が違いますね。

よしだ

家の中と外をつなぐ窓や通気口もあるんですね。歩いているときに、景色は楽しんでいますか?

村上さん

歩いているときは実は視界が狭いので景色は楽しめていませんね(笑)。土地を借りるなど寝床が決まったら、散歩をするのでそのときに景色は楽しんでいます。元々は、僕が快適に暮らすために考えた家なので、荷物も家もせおって歩く小さなサイズ感です。大きく作ると風にあおられたり、道幅の狭いところを通るにも苦労すると思うので、今の大きさで良かったと感じています。

くどう

最初はバランスを取るのが少し難しいですね。そして、思っていたよりも重たいです。少しやるだけで肩が痛くなるくらい。これはやると慣れてくるものですか?

村上さん

そうですね、慣れが必要だと思います。体幹が鍛えられますし、いろんなことを自然現象として受けいれる気持ちが出てきます。風が吹いてきたら受け流すというか。

きむら

元々、日本人の暮らしは自然風土を受け入れて暮らしてきました。今は受け入れなくてもいいような人口機能社会ですが、家をせおって歩いている村上さんが、自然受け入れ型に戻っているのは、なんだか面白いです。

2つ以上の拠点を持つことは、いくつかの日常が同時にある感覚。

きむら

最近、スウェーデンから帰国したばかりと聞きましたが、2つ目の家は現在どこにありますか?いろいろなところに拠点があるという感じなのでしょうか?

村上さん

そうですね。僕は最近まで2ヶ月ほどスウェーデンに滞在していました。そこでも家をつくって、歩いていました。その間、2つ目の家を預かってくれる人を捜して、今は山口のゲストハウスを立ち上げたばかりの方のところに家があります。

きむら

村上さんは、移動するときにどんなことを考えていますか?

村上さん

移動することでいろいろ考えていますが...実は今年結婚したんですよ。彼女は長野でお店をやっているので、そこが住所地にはなります。結婚する前に、電話で連絡を取り合っていて。毎日違う土地を歩くということは、新しい出会いの連続です。でも、聞かれたり話したりする内容は同じだったりします。 自分がどこにいるのかわからなくなることもあります。それを、つないでくれたのが彼女でした。 昨日の自分と今日の自分が彼女を通してつながっているんです。

くどう

昨日の自分と今日の自分をつないでいる存在。なんだか素敵ですね。

村上さん

昨日の自分を知っている人がいることが、当時の僕には自分の存在を実感できることでした。 その時間がとてもシアワセだと思っていました。

きむら

結婚されたとなると、拠点ができますよね。移動している村上さんの家もありますが、正式な家はどこになるんですかね?

村上さん

ひとつは動いていますし、もうひとつは動かない拠点ですよね。ふたつの日常が同時に流れていって。どちらも僕の頭の中にある感覚だと思います。

家をせおって歩く中で出会った人とまちの姿。

くどう

日本各地を巡る中で、何度も訪れた場所はありますか?

村上さん

僕は震災後に東北地方へはよく通っていました。仮設住宅に住んでいる人が未だに多いので、2011年に出会ったおばあちゃんが、まだ同じ場所に住んでいたりします。日本を何周もしようという考えはなく、これも気づいたら2周目だったんですね。 あとはよく、市役所にも聞いてみるのですけれど、公共の場所だからダメですと言われますが、公共ってなんだろうと。考えさせられることもありましたね。

よしだ

何が、村上さんをかき立てるのか気になりますね。どうして次の土地へいくのか。

村上さん

そこは単純に、何日も他人にいられると嫌だと思うんですよ(笑)。

よしだ

なるほど(笑)。そこには、土地や人の空気感もあるんですかね。

村上さん

そうですね。たまに、家に招いてくれる人もいます。庭に住まわせてもらって、お風呂も使わせてもらって、ごはんもいただいて。でも帰るときには、「おやすみなさい」とか言って玄関から出て庭に置かせてもらった自分の家に帰る。その感覚も楽しんでいたりします。

目的地を決めたとき、早く行く以外のことを考えたい。

きむら

そういえば、移動している間のお金はどうしています?

村上さん

この生活の中で描いた絵を展覧会で売ることで収入を得ることもありますし、今年は絵本を出せたのもありますし、いろんなとこでやってる展示に参加することでお金をもらったりもしますしバイトもやります。色々です。しかし、そもそもそれ程お金がかからないんですよ。移動は歩いてしますし、家賃かかりませんし。松本にも住み始めてからはそっちの家賃がかかってますが。

きむら

それ程お金がかからないということですが、地域に受け入れられるという点で言えば、お金じゃない話が大事なんですね。人と人との関係性だから、宿泊施設を使って滞在するのとは違うわけですよね。

村上さん

そうですね。お金を介さない関わりがあります。歩いている時は、基本的には僕や家のことは無視なんですよ。でも、興味を持ってくれる人が1時間に1回くらい来てくれて。「どこに寝るんですか?」とか。今では「土地は見つかりましたか?」と聞いてくれる人も増えてきました。

きむら

ふと思ったのですが、日本には四季があるのでそこに対応していたりしますか?夏の暑いときは歩けないですよね。冬は寒いですし。

村上さん

夏は北へ、冬は南へ行くようにしています。

くどう

遊牧民みたいな暮らし。村上さんが歩いた場所は、独特の目線で書かれた地図にもなっていますよね。

自身の頭の中にあった「理想の家」を形にしたらこの形になったという。現在も継続中のプロジェクトでは課題を改善した2代目の家に引き継がれた

村上さん

始める前は、精神的にいっぱいいっぱいで。八方ふさがりでつまらない感じがありながら誰にもぶつけられない感情を抱えていました。でも、このままでいいとも思えない。精一杯の気持ちでスタートしたんですよね。それが今につながっていて、経済活動も含めたプロジェクトとして考えられるようになってきました。いつかは、設計完了して提出しないといけないという感覚もあります。

きむら

いつかは完了するプロジェクト。家をせおって様々な地域を歩いたことで、世の中の見え方は変わってきましたか?

村上さん

変わりましたね。あらゆる日常の場面で、通り過ぎたことを考えるようになりました。地域に入って歩いていると人に出会います。日本は空き家ばっかりなんですよ。例えば、新幹線が通ったことで途中の街には人が来なくなって、商店や施設が閑散とするなど成り立たなくなることも。そういった寂れた町の話しを聞くこともあります。 目的地を決めて早く到達すること以外にも考えなくちゃいけないことがあるんじゃないかと思うんですね。何が目的で、どうして早くいくのか。早さが正義という感じがあることに違和感を覚えて。家をせおって歩いていると、車のクラクション鳴らされますし。気持ちはわかるんですけどね。

きむら

合理性・利便性を優先することで、失われていることはあるのだと思います。

よしだ

プロセスを楽しむということが失われているのかな。

村上さん

楽しむでも、まだ弱くて。完全に根っこから考え直さないと。どこに向かって生きているのかわからないまま、とりあえず急ごうということとか。例えば、健康になろうと人が思う時、健康ってなんだとか、健康になった体で何を成すのかとかそういうことも考える必要がありますよね。その辺りを考えないと、ヤバイなという危機感はありますね。

きむら

確かに世の中には、正論がたくさんありますけれど息苦しさを感じることも。"ジャスティスハラスメント"とでも言いたくなるような状況もありますよね。

村上さんにとっての、シアワセの法則ってなんですか?

よしだ

村上さんがつくる家は、ちゃんと窓もドアもあって、瓦の屋根も1枚1枚ついていますよね。村上さんにとって、家とは何ですか?

村上さん

やってみてわかったのは、寝るという機能は根源的なことだと思いました。家は、定住社会の中での自分の居場所だと思います。僕の場合は、土地がみつかるまでは居場所がないんです。そこを確保するためには人間関係しかない。移動している間は、同じ人間なのに同じ社会に居ない感じがするというか。

くどう

ゴリラは毎日、エサを求めて移動しながら、自分が安堵する寝場所を確保するらしいです。村上さんも、動物に近い暮らしなのかも(笑)。ところで、村上さんにとってのシアワセの法則ってなんでしょう?

村上さん

シアワセの法則は、僕は無いと思います。知らない町を缶ビールを飲みながら散歩している時とか幸せですね。法則となると導きだせないけれど、日常の中にシアワセを感じる瞬間はあります。一番最初に、松戸で鍋をするプロジェクトがありました。あのときのことをずっと考えていたんですけれど。身元も職業もわからない状態で、その人の立場とか関係がない状態で出会った時に、どんなコミュニケーションができるのかに興味があると思います。

くどう

わかるような気がします。最初はなぜ家をせおって歩くのか不思議だったんですよ。村上さんは、人と出会っていくことに興味があるから、家をせおって歩いていたんですね。

きむら

一見、他人から見たら変わったことをやっている "家をせおって歩く"村上さんが、逆に自然や地域や人との関わりの本質に近づいている...そんな気がします。

(対談を終えて)所員よしだのひとこと
「わたしは漂泊の旅びとだ、登山者だ・・・これからさきも、いろんな運命や体験がこの身をおとずれることだろう、――だが、それもきっと漂泊と登攀(とうはん)というかたちになるだろう」。従来の価値観に違和感を覚え、八方ふさがりの中で読んだニーチェの言葉そのままに、自作の家をせおって歩く村上さん。まちからまちへと、家をせおって歩く"生き方"を通じて、「風が吹いてきたら受け流す」境地や、人との出会いへの興味、知らない町を缶ビール飲みながら散歩している時に感じるシアワセを手にしていく・・・。その"感性"の旅の続きを、いつかまた聞かせてほしいと思いました。
Facebookにシェア
ツイート