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客員研究員との対談その6<後編>街を歩くと、大切なことが見えてくる

LIFULL HOME'S 総研所長
島原 万丈(しまはら まんじょう)

1989年、株式会社リクルート入社。2005年よりリクルート住宅総研に。2013年3月リクルートを退社し、同年7月株式会社ネクストでLIFULL HOME'S総研所長に就任(旧・HOME'S総研)。ユーザー目線での住宅市場の調査研究と提言活 動に従事している。著書に『本当に住んで幸せな街 全国「官能都市ランキング」』(光文社新書)など。その他、一般社団法人リノベーション住宅推進協議会設立発起人、国交省「中古住宅・リフォームトータルプラン」検討委員を務める。
LIFULL HOME'S 総研

所長きむら
お待たせしました!後編です。「そこに愛はあるのか?を問いかける〈前編〉」では、島原万丈さんが調査会社でマーケティングリサーチをしていた時代や、センシュアス・シティ(官能都市)という考え方が生まれた背景についてお話を伺ってきました。
所員くどう
後編では、先日新しくリリースされたレポート「寛容社会 多文化共生のために<住>ができること」についてお伺いしながら、島原さんにとってのシアワセとは何か?についても聞いてみたいと思います。
所員よしだ
今日は、島原さんにナビゲートいただき、品川から大井町までを街歩きしながら、センシュアス・シティとはどのような街なのか?を実際に体験することも楽しみです。

街を歩くと感じる、センシュアス・シティ

島原さん

はい、よろしくおねがいします。では、早速歩いてみましょうか。品川から大井などを歩いていると路地裏がたくさんあることに気づきますよね。品川の港南口に一角だけ、路地を入ると昔ながらの横丁が残っているんですよ。北品川のほうへ少し歩くと、違法建築なのかわかりませんが、水辺の船溜まりがあって、商店街もあります。この街の魅力は、別に飲み屋だけじゃないというか。

きむら

20年前だと、平屋の駅舎の前にバスが4台止まったらいっぱいのロータリーがあって、雑居ビルしかなかった印象です。SONYのビルが一つあるくらいで。今ビルが建った辺りは、新幹線ができてから一気に開発が進みましたよね。

島原さん

今日、最初に集合してもらった高層ビルが立ち並ぶ、駅前のような街ばかりになるとつまらないというのも、センシュアス・シティの概念と一つとして伝えたかったことです。最初に行った路地のような場所は、開発によって潰されたところも多くあると思います。でも、高層ビルが立ち並ぶ地区から少し歩いて北品川に行くと、昔の宿場のクオリティで東海道を復活させようとしていて。今でも昔ながらの商店街があって、青果店があったり、海外の旅行者が集まるゲストハウスやイタリアンのお店ができていて。

くどう

街が持つ特有の雰囲気がありますね。これが魅力に繋がっているのでしょうね。

島原さん

街の表の顔だけじゃなく、裏に行くと路地を見つけたり。すぐ脇には、船がたくさん係留されている水辺があったりもします。こう手を広げると全部に触れるられるような街じゃないですか。そこにいると、心地いいんだけど、従来の考え方だと工学的にはダメだと言われてしまうんです。

「品川浦の船溜り」と呼ばれる、釣り船や屋形船の発着所。

よしだ

工学的にはダメだと言われるのは、どこかもったいないですね。

島原さん

そうなんです。ダメじゃないじゃんって僕は思います。皆さんも、ダメじゃないと思ってるでしょ本当は!っていう(笑)。開発が始まってしまうと、じゃあそれ残してどうするの?どうやって儲けるの?という話になってしまう。行政的には、火事や地震が起きたらどうするんだという話になるんですよね。

きむら

そうですよね...。そうした影響を街は受けていますよね。

島原さん

センシュアス・シティは、怪しい街のことを言っている訳ではないんですよ。そういう風に、受け取られがちなんですけど。ポルノチックなニュアンスではないし、いかがわしい街が良いと言っているわけでもない。それも街の一部だけど、ああいう路地裏みたいなところで子どもが遊んでる。そこも含めて、ヒューマンスケールだという話なんです。

きむら

色んなところに、人の姿が見えてくる感じがしますもんね。

寛容社会。多文化共生のために「住」ができること

島原さん

感性をもって「ここ面白そうかな、ちょっと入ってみよう」って入ってみれば、見つかるかもしれない。馴染みの街や地元など遊びに行った街もそうかもしれないけど、ちょっとした冒険じゃないですか。失敗すると、行き止まっちゃいますけど、そこを抜けたらまた快感がありますよね。

くどう

今日は、すごくトリップ感がありました。自分が知らないところに辿り着いたような。それが嫌ではなく、心地いい感じでしたよね。

島原さん

工学的に言えば、100mはどこでも同じ100mですよね。でも街を歩いた時に、100mは街によって違う100mになる。100m歩くだけで、いろんな風景に出会います。品川区を歩いて良かったことは、小さな祠があって、地域のおばちゃんが手入れしてましたよね。地元の意識があるからできることだと思います。南イタリアを街歩きしても、マリア様を置いてあるところが結構あるんですよね。誰かはわからないけど、花をちゃんとお供えしていたり。街に対する関わり方をすごく感じます。

きむら

街を歩いていると、明るさも変わりますよね。急に暗くなったり明るくなったり。街並みに、コントラストがあって面白かったです。

島原さん

僕も今日、皆さんと歩いてみて、やっぱりセンシュアス・シティの概念は相当いいなと思いました。センシュアス・シティの指標の中には、お寺や神社にお参りする項目や、路地や裏通りで子どもが遊んでる声を聞いたってことも入れています。店員さんが「久しぶり!」って話しかけてくることもある。これは、目的地までの道を最短で歩いてるだけだと起こらないことですよね。

よしだ

センシュアス・シティの次に発行された研究報告書では、外国人と多文化共生をテーマにされていると伺いしました。何がきっかけだったんですか?

島原さん

今回は「寛容社会」というタイトルで、サブタイトルに「多文化共生のために、住まいができること」とつけました。多文化共生というのは「外国人や、いろんな文化と対等な関係で同居していきましょう」という言葉です。その上に、寛容社会と入れたのは、今の日本の社会が不寛容になっていると感じたからです。特にネットでは、すごく攻撃されやすいというのがあって、その空気がヤダなぁと思って書きました。 在日外国人の人口比率が高い、220の市区町村に居住する日本人と外国人への調査の結果をまとめました。

きむら

少し前に、挨拶禁止の集合住宅も話題になりましたよね。

島原さん

はい、そういうことへの問題意識もあるんですが、巷に溢れるネットのバッシングみたいなものも、漠然としすぎていてとらえどころがない。住宅をテーマにすれば、外国人お断り物件が結構ある中で、外国人という切り口で寛容という部分に迫れるんじゃないかと思ったんです。外国人と仲良くやれることは、世の中全体としても、自分とは違う人たちに対しても寛容という指標のようなものですね。

ほんとうに多様性のある街や住まいとは?

くどう

今回のレポートというのは、単純に外国人が増えているから?と勝手に思ってました。そういう訳じゃないんですね。

島原さん

増えてはいます。これからも増えるだろうし、増やさざるを得ないですよね。でも、例えば、賃貸住宅を借りよう、住まいを確保しようということすら、外国人にとっては大変なんです。

きむら

それは、日本の物価の面などで大変ということですか?

島原さん

いえ、そうではなくて。そもそも、外国人お断りの物件や不動産会社が多いんです。保証人に日本人がいなきゃダメというケースも多いですね。

きむら

外国人じゃなくても、子どもの声がうるさいからといって、行政に電話が入ることもあるようです。

島原さん

子どもの声がうるさいっていうクレームって、異常な社会ですよね。場所にもよりますが、街で幼稚園とか保育園とか小学校の校庭がうるさいって、ちょっと異常じゃないですか。少子化で大変だとか言っているのに。

きむら

いつぐらいから、そうなっちゃったんでしょう?子どもが元気というのは、幸せな社会の象徴でもあるのですが。

島原さん

今回の調査でいうと、地域で孤立してる人がクレームを言いやすく、外国人に厳しい傾向にあることがわかりました。地域社会の中で、自分が地域社会の一員と認められてるという自覚がありますか?と質問してみたんです。「いいえ」と答えた人ほど、外国人も地域社会の一員として認めますか?と聞くと、「認めない」と答えています。

きむら
よしだ
くどう

なるほどー。

島原さん

孤立して暮らしている人のほうが不寛容っていう。賃貸住宅のクレームでも、交流がなく顔も名前も知らない人には厳しいんですね。顔も名前も知っている子どもには、元気で良いねと感じる。べったりの繋がりじゃなくても、なんとなくご近所さんとの繋がりがあると、外国人にも優しいってことは、外国人じゃない日本人でちょっと変わった人にも寛容なんじゃないかと。

例えば、古い住宅地や商店街に、若い人が店を始めることは多くあります。住んでる人や、そこに暮らしてる人たちの属性的に言うと、新しくリノベーションによって、ちょっと異質な人が入ってくる。そうすると、新築戸建ての分譲地やマンションに5,000万円のローンが払える人ばっかりじゃなくて、そういう人もいるし、お金のない若い人もいる。混ぜたような状況が生まれるほうが、街として寛容性があって、魅力があるんじゃないかと思っています。

地域社会の中で、交流するキッカケがつくれるかどうか

きむら

寛容社会と住まいを結ぶことで見えることはどんなことでしょう?

島原さん

さっき言ったように、地域のコミュニティーとつながりのない人が日本はかなり多くて。そういう人ほど、外国人を認めないって言ってるという。外国人と交流してる人の方が、外国人を超えて一般の社会全体に対して寛容だという調査結果も出ました。ということは、地域社会で外国人と交流するような機会や、賃貸住宅・集合住宅で住人同士や近隣住民との交流を増やせれば、身近な範囲で少しずつ「不機嫌な不寛容」を減らしていけるんじゃないかなと。外国人は、普通に週末にウチでパーティーやるから来ない?みたいな感じでやってるけれど、日頃から交流がないと日本人は許さない。

よしだ

交流が、キーワードになっているんですね。

島原さん

交流するかは個々の判断がありますが、交流するキッカケがつくれるかどうか。それは2010年に出した『愛ある賃貸住宅』というレポートとも繋がっていて、一つは集合住宅なのにコミュニティが無いということでした。賃貸住宅に住んでる方に、同じ賃貸住宅内に友達いますか?って聞くと0人ということが圧倒的に多いんですよね。

きむら

そうですよね。世代によっては違うかもしれませんが、賃貸で入って友達をそこでつくろうと思っていないことも。

島原さん

ニューヨークやロンドンやパリで、アンケートをしたところ、向こうでは友人をつくろうという雰囲気がありましたね。むしろ、友達がいないっていう人が少ない。それは、何でかというと「今週末パーティーやるから良かったらきて」とドアを開けっ放しにして、パーティーをガンガンやっていたりするからです。

きむら

BESSのお客さんはそちらに近いです。「今日バーベキューやるよ。」と言うと、ご近所さんが集まってくるというような話をよく耳にします。

くどう

日本全体も昔はそうだったんじゃないですかね?長屋のような。

島原さん

そういうのが鬱陶しいなーって思った時代があったんでしょうね。

よしだ

日本は近代になると、皆そういう風に、しがらみから離れたい人が増えてしまったのかもしれませんね。

島原さん

それでプライバシーを重視する人が増えたのだけど、今はそれが行き過ぎてるのかもしれません。ニューヨークやロンドンやパリのように日本よりも引っ越し回数が多い都市のほうが、地域コミュニティーがあるのは不思議です。

島原さんにとっての、シアワセの法則ってなんですか?

くどう

ところで、島原さんにとってのシアワセの法則ってなんでしょう?

島原さん

シアワセの法則...。なんだろう。一般論として?僕として?

きむら

ご本人としてでも、日頃の島原さんの仕事を通じての話でも良いです。

島原さん

一般論として答えるのであれば、幸福学の研究ではある程度答えが出ていて、シアワセの法則は、「お金」と「友達」ですね。家族も含めて人との繋がりというか。お金と友達のどちらかかが欠けると、不幸せになるのですが、それでもギリギリ突き詰めていくと、お金があって友達がいないのと、お金が無くて友達がいるのどっちが幸せですか?と聞かれると、お金がなくても友達がいる方が幸せなのだそうです。

くどう

その考え方、すごく好きです!

島原さん

もう一つ、個人的に追加するとすれば、「自由」ですね。

よしだ

それは、どういう自由ですか?

島原さん

自分で選べる自由。その分苦しいところもあるけど、人に「こうしろ!」って言われたものを「はいわかりました」ってやるのがすごく嫌なんです。

くどう

二つの答えが出ましたね。

島原さん

選べる選択肢があるといいですね。選択肢があって選べるってことは、何かを選ばないということなので。選ばなかったことに対する後悔っていうのは必ずありますよね。後悔だけじゃなく、本当にこっちで良かったんだっけ?という自問自答がつきまとう。

確か、作家の村上春樹さんが、34歳を越えたら「選ばなかった過去のほうが選んだ現在より多くなる」って書いてたと思うんですけど。自分が選んだという自覚があるから、その選択がより良いものになるように努力をするモチベーションが生まれる。自分で選ぶことがなく与えられた今というのは、どこか他人の責任にできてしまう。言える理想の仕事や暮らしなんてものがどこかにあるものではなくて、取り敢えず選んだ選択肢を自分で理想に近づけていくものだと思います。何度も言いますけど、僕は「選べない」っていうのがすごく嫌なんです(笑)。

きむら

自分で選べる自由があるからこそ、できることが増えるのかもしれませんね。「選べない」のは不自由ですけど、「選ばない」のは自由ですものね。

島原さん

ひょっとしたらレポートを作るのも「今年はコレ」って言われた方が楽かもしれないけど、でもそれは気持ち悪いですし、毎年レポートはつくらなきゃいけないけど、レポートのテーマも自由に設定できますからね。

くどう

1年がかりのレポートですもんね。ご自分でこれだ!と思えるものだからこそ、愛がそそげますね。今回、たくさんのマーケットリサーチの裏話を伺いましたが、どれをとっても島原さんの「そこに愛はあるのか?」という熱い思いを感じることができました。

よしだ

街を「センシュアス」という観点で評価する斬新な発想と、それを机上の論としてではなく、実際にリサーチして裏付けをとるという真摯な姿勢に感銘を覚えました。街歩きの体験もとても新鮮でした。

(対談を終えて...)所長きむらのひとこと
「問いの質が大事」という島原さんの言葉にスゴく共感しました。問いが大事なのは、時代背景の変化があるからこそ。その変化に敏感であるかどうか。昨日良しとされていたものが、今日も同じように良しとされるとは限らない。昨日の常識が今日の非常識になり、今日の常識が明日の非常識にもなる...。
島原さんが語られていた「問いの質の大事さ」、そして「選べる自由」は、明日のシアワセをつくる素なのかもしれません。
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