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客員研究員との対談その9<後編>自分の声と言葉で話すことがシアワセ

西村 佳哲(にしむら よしあき)
リビングワールド

1964年東京生まれ。プランニング・ディレクター、「リビングワールド」代表、働き方研究家。大手建設会社を経て、つくる・書く・教える、3領域の仕事に取り組む。2014年に東京と徳島県神山町での二拠点居住を開始。2016年から、同町の「まちを将来世代につなぐプロジェクト」に一般社団法人神山つなぐ公社理事として参画。インタビュー(きくこと)を中心とした、ワークショップやフォーラムを企画・主催。著書に『自分の仕事をつくる』(2003年 晶文社/ちくま文庫)、『みんな、どんなふうに働いて生きてゆくの?』(2010年 弘文堂)、『一緒に冒険をする』(2018年 弘文堂)。
リビングワールド

所長きむら
お待たせしました!西村 佳哲さんのお話も、いよいよ後編です。「意味のある仕事をつくる〈中編〉」では、西村さんが多拠点居住の軸足を置くことになった、徳島県神山町を訪ね町内をご案内いただきながらお話を伺ってきました。
所員くどう
後編では、神山町とのつながりの中で生まれた「まちを将来世代につなぐプロジェクト」に参画されている様子や、西村さんにとってのシアワセは何か?というところも聞いてみたいと思います。
西村 佳哲さん
はい。よろしくお願いします。
 

まちを将来世代につなぐ取り組みとは?

きむら

西村さんは多拠点居住をされていますし、いろいろな領域での仕事がありますよね。実際のところ、どうやっているのかなって思います。

西村さん

そうですね、今神山町でやってる仕事が10割方で、残り4割ぐらい無理して他のことをやってるって感じです(笑)

きむら

仕事があふれてますね...(笑)。

西村さん

そうですね(笑)。なんていうか、やると片付く仕事と、やればやるほど増えていく仕事が世の中にはあると思います。いろんなことがどんどん見えてきちゃうっていうんですかね。仕事の解像度が上がっていって、やればやるほど仕事が増えていくような。

きむら

ともすると、140%までいっちゃう。今は、きっと自らそうなってるんですよね?

西村さん

はい、まんまとですね。もともと僕は、デザインのプロジェクトをやっているので、具体的に何かをつくり始めると仕事量が増えていきます。でも例えば商品なら、つくり上げれば一つの終わりがあるじゃないですか。ちゃんと締め切りってものもある。でも、町のことって町自体のライフスパンが非常に長いので、どこが一区切りなのか。「成功」って言葉もありますけど、よくわからないですよね。どの時点で切ればいいんだ?ってなる。まぁ、そんな感じの大変さがあります。

よしだ

西村さんは、2015年に神山町の創生戦略「まちを将来世代につなぐプロジェクト」の策定に関わり、同プロジェクトを実現するために設立された一般社団法人「神山つなぐ公社」に理事として参画されていますよね。

まちを将来世代につなぐプロジェクト

徳島県神山町の創生戦略。「町内外の人々にとって可能性が感じられる状況づくり」のため、すまいづくり、ひとづくり、しごとづくり、循環の仕組みづくり、安心な暮らしづくり、関係づくり、見える化、という7つの課題を設定。その実施を通じて、若い世代を中心とした44人/年の転入(転出抑制を含む)を試みるプロジェクト。
http://www.in-kamiyama.jp/tsuna_pro/

西村さん

はい。2015年12月に「まちを将来世代につなぐプロジェクト」が策定されて、翌年2016年の4月に神山つなぐ公社が立ちあがりました。神山町とそのつながりの中に「多様な人材がいる」、「よい関係と、それを支える場がある」、「新しい活動や仕事がほどよく常に生まれている」といった状況をめざしています。僕はいまは各プロジェクトの舵取り役という感じです。

地域の中で経済の循環を起こしていく

西村さん

今、町内の大埜地(おのじ)という地域に集合住宅をつくってるんですね。この大埜地の住宅は、子育て・働き盛りや将来世代につながる人々が、関係性を育みあえる町の賃貸住宅として整備してゆくもの。夫婦や家族だけでなく、単身者向けシェア住戸やバリアフリー仕様のものなど多様な生活形態を想定していて、全体で20戸の家を建てていきます。

きむら

町内には、住む場所が不足していると聞きましたが、集合住宅を建てるとなると大きな開発ですよね?

西村さん

これぐらいの規模のものになると、町内の大工さんだけでは一気につくれないから、徳島市内や大手の工務店とかに出すことになりますよね。これまでは、ある金額以上の工事は町外に出ていました。でも、そのやり方だと町の中の人材が育たない。だから、一気に開発するのをやめて、1棟1棟を小さなサイズにするなど、町内の大工さんでも受注可能な金額と規模にしようと話し合いました。

よしだ

体制を変えることでどんなことが起きるのでしょう?

西村さん

今回の開発は、分棟型の木造建築で、4年間にわたって少しづつつくってゆきます。町内の大工さんが腕をふるうことが可能になった。すると、地域外にお金が流出しなくなるし、地域内経済循環も起こります。

若手の大工さんが育つ機会をつくることもできる。あとここは林業の地域なので、この町でとれた材を使わない手はないんですよ。戦後の流れの中で人を育てないし、仕事を生み出しにくい状態があったと思うのですが、そういうのをひっくり返して、ただつくるんじゃなくて、それをやることで、いろいろなことができるようになってゆく。そういう仕事に変えてゆけば、より先につながっていくと思います。

くどう

だから、あえて時間をかけているんですね。

子どもたちと一緒に、まちの風景をつくる

きむら

今の神山でやろうとしていることは、その土地に応じてつくられた仕事ですよね。地方地域では特に、土地由来の仕事づくりに対して努力をされているんじゃないかという印象も持っています。西村さんは、どうお考えですか?

西村さん

そうだと思います。ただするんじゃなくて、そこから沢山のものごとが生まれるようにするっていう。例えば、ここに緑がありますよね。集合住宅の植栽は、園芸市場から買ってきません。少し上流に、徳島県立城西高等学校の分校があるんですけど、そこの生徒達と一緒に去年の秋から山に入って種を拾っています。農業高校の分校なので温室があって、採取した種をポットに植えて水やりをしていて。あと1年半ぐらいしたら、植え替えできる状態になる。

きむら

植栽に地元の子どもたちが関わっているんですか。しかも、採取した種からとなると時間もかかりそうです。

西村さん

分譲住宅ではないし、町の開発なので、竣工時に商品として完成してる必要はなくて。基本的にゆっくりいこうって、町役場で話し合って決まったんですよね。高校生は自分たちが拾った種から景観が生まれるところまでを見ることになる。これって、すごい人生経験だと思います。

住宅地は、つくろうと思えばある意味パッとつくることもできる。でもいろんな仕事を一個ずつこう、ひっくり返していく。人間を育てるっていうか、将来につながっていくようなプロジェクトにできるので。血中意味度の高い仕事にしてくっていうことの一例ではあるかな。

くどう

子どもたちは、景観が生まれていくところに立ち会っているんですね。

西村さん

本人たちはまだわかんないですよね。でも、種取りして発芽させる過程でスイッチが入るというか。最初はわからないまま無造作にやっていたことが、形になってゆく中で意味を発見してゆく。今年も先週種取りの授業があって、種から育てることができるんだとか、挿すと木って根付くんだとか気づいていく感じでやってます。

お金は血液みたいなもの

きむら

ここにきて、二つお聞きしたいことがあります。これまでも、どう捉えてらっしゃるか、客員研究員の方に伺っているのですが。西村さんは「お金」の意味を、どんなバランスで考えていらっしゃるのかお聞きしたいです。

西村さん

うーん。僕はね、お金の話しになると弱いですよ(笑)。なんていうのかな、本当にもうケースバイケースでしょう。結局なんかこう、一人一人がどう判断していくかだと思うんですよね。

きむら

お金のことって、それこそ価値観のズレだったり、ミスコミュニケーションが起きがちだなと思っています。

西村さん

僕は、お金がたっぷりあるなーって感じるときもあれば、ほんとすっからかんだなって時もあるし。でも、死なない程度には暮らせているので。お金のことで哲学ってものを持つぐらいまで突き詰めずにきちゃったんですよね。なので、あんまり喋れなくて以上ですっていう。

くどう

もう少しだけ聞いてみたいです(笑)。

西村さん

お金はねー。まぁ必要なものですけどね。血液みたいなもんですからね。そこに何が乗っかってるかだと思うんですよね。結局今は、お金お金の社会になっちゃってるので、僕はめっちゃくちゃお金を持ってるとか、もうどうでも良いっていうか。

きむら

お金ってなんのためにあるかというと、そういう意味ではちゃんと回すためにあるはずで、それこそ血液じゃないですかね。お聞きしていて思ったのは、持っている人と無い人をつくってくお金の構造じゃあよくないわけですよね。

「借り物」じゃない自分の言葉で話す幸せとは?

きむら

ところで、西村さんにとってシアワセの法則ってなんですか?

西村さん

僕の場合だと、自分の言葉を自分の声でしゃべってるときですね。声って、その時の自分のあり方がそのままころっと出ちゃうと思っていて。例えば、緊張してるとうわずったりするし、嫌われたくないときは変な声が出て少し恥ずかしかったり。自分らしい声が出せてるときって、本人もすごく落ち着いてるんじゃないかな。そういう声で、借り物じゃない自分の言葉を話しているとき、僕は幸せだなと思えます。

くどう

自分の言葉を自分の声で話すことって、普段はあまり意識していないかもしれません。以前伺った、人の話を聞くことにも通じている気もします。

西村さん

自分のことを気に入ってほしい人がいたとします。その人の前に行って、「お仕事素晴らしいですね」とか言って、「いつも拝見してます」とか心にもないわけじゃないけど言わなくてもいいようなことをついしゃべっちゃう。で、家に帰る道すがら、ずっともんもんとするというか。あの状態は、僕の中で不幸せですね。不一致を起こしているので。

本当はこうしたいわけじゃなかったとか、みんなあると思うんですよ。それは、ご飯を食べてるときとか、歩いているときにもあって。「自分は本当にこうしていたいのかな?」と問うてみれば、その瞬間に食べ方がゆっくりになったり、ただ座っていただけなのにちょっと背筋が伸びたりして。どういうふうにこの世界にいたいか、という話です。

よしだ

自分が、どんなふうにこの世界にいたいか。

西村さん

そこに至るチャンネルは、遊びだったり言葉だったりいろいろあるけど。真ん中にあるのは「自分らしくいる」ことじゃないかと。らしさと言うと弱弱しい言葉に聞こえるし、「自分らしさ」って言ってる人の頭をはたきたくなる人がいることも想像はつく。「変化を恐れるな」「自分らしさにしがみつくな」って。でも大事なことだと思っています。

きむら

「自分らしく」の中にも西村さんならではの考えを感じます。

西村さん

神山に僕が居やすいのは、背伸びしてない感じがあるというか、取り繕わないじゃないですか。ちょっと大きく見せようとか、そういうのないでしょう。かといって、自分をへりくだって低く見せようともしてないし、そのままじゃないですか。ディスカウントしていないし、盛ってもいなくて、そういう人が多いんですよ。それが嬉しいですね。それが楽。そういう人の前だと、こっちも無理しないでいられるんで。「神山ってどういうとこかな」って聞かれたら、そんな風に答えられるし、それは好きなところですね。

くどう

競いあってとか、誰よりもよく見られたいとか思う。そういう世界とは違うところが、ここ神山にはあるという感じがわかる気がします。

よしだ

「遊びや言葉が、この世界との関わりのキー」という考え方は、BESSの考え方とも近いと思います。

(対談を終えて...)所長きむらのひとこと
「自分の言葉を自分の声でしゃべっているとき」がシアワセとの西村さんの言葉。そうだなー、自然体ってそういうことだよなーと思いつつ、結構できていないかもと、ドキッとしました。シアワセを感じる瞬間って結構シンプルなのかもしれないけれど、そのシンプルさが案外難しい。「自分らしく」と「自分らしさにしがみつくな」も、その難しさに通じるような...。
西村さんが神山町にいるとき、いつも自分の声で話されていることは、とっても感じられました!
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